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宇都宮地方裁判所大田原支部 昭和49年(ワ)136号 判決

主文

被告らは各自原告に対し金九四二万四八〇〇円及びうち金八六七万四八〇〇円に対する昭和四九年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分しその七を被告らの負担としその余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告の請求の趣旨

原告は、次の趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

1  被告らは各自原告に対し金一三二九万四二七二円及びうち金一二〇九万四二七二円に対する昭和四九年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

被告らは、次の趣旨の判決を求めた。

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求の原因

原告は、請求の原因として次のとおり述べた。

1  交通事故

原告は、昭和四七年九月一三日午後五時二〇分ごろ、竹内照彦運転の小型貨物自動車(以下「原告車」という)に同乗して、栃木県那須郡西那須野町二ツ室五七番地二三先交差点を進行中、印南三夫運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という)が原告車に衝突したことにより、腰背部挫傷兼第一〇胸椎圧迫骨折の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告らは、いずれも被告車の保有者である。

(二)(1) 本件交通事故は、印南三夫が被告車を運転して前記交差点に進入するに際し、前方を注視し、かつ交差点直前で一時停止又は徐行すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然と自車を走行させた過失により発生したものである。

(2) 右印南三夫は右事故当時、被告会社の業務に従事中であつた。

(三) したがつて、被告田中正之は自賠法三条により、被告会社は同法同条若しくは民法七一五条により、それぞれ右事故によつて蒙つた原告の損害を賠償する責任がある。

3  損害及び損害額

(一) 治療関係費 金一五八万五二〇〇円

(1) 原告は、右傷害の治療のため、次のとおり入通院をなした。

(イ) 川上外科

四七・九・一六~四七・九・二九(一四日間)入院

四七・九・三〇~四七・一一・九(四一日間中三四日間)通院

四七・一一・一〇~四八・二・二五(一〇八日間)入院

(ロ) 大塩整形外科医院

四八・二・二六~四八・四・一〇(三五日間)入院

四八・二・一〇 四八・二・二五

四八・四・二 四八・七・一九}(一二五日間中七日)通院

(ハ) 城野外科

四八・八・二 四八・一一・二四(九五日間)入院

(2) 原告は、右傷害の治療関係費として次のとおり金員を支出し、同額の損害を蒙つた。

(イ) 川上外科 金八二万七六二〇円

(ロ) 大塩整形外科医院 金一万六五八〇円

(ハ) 城野外科 金五八万七三〇〇円

(ニ) 吉田義肢整作所 金一万三一〇〇円(胸椎用軟性コルセツト装具代)

(ホ) 福島義肢製作所 金一万四六〇〇円(同右)

(ヘ) 入院雑費 金一二万六〇〇〇円(入院日数二五二日、一日当たり金五〇〇円)

(二) 休業損害 金八三万六五〇二円

原告は、本件事故当時、有限会社立美電気商会に電気工として勤務し、テレビジヨンやルームクーラーの取付及び修理等の業務に従事し、事故前三ケ月間に金一八万〇六〇〇円(一日平均金二〇〇六円)の賃金を得ていたものであるが、右事故による受傷のため、昭和四七年九月一四日から昭和四八年一一月四日までの四一七日間休業を余儀なくされ、その間賃金の支給を受けられなかつたことにより、金八三万六五〇二円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つた。

(三) 後遺症による逸失利益 金一〇六一万六九八〇円

原告は、本件事故による前記傷害の後遺症として、頸椎をくさび状に屈曲し、胸椎が変形したほか、全身脱力感、腰背部痛、脊柱運動制限、頸部痛、右尺骨・坐骨領域にしびれ疼痛の症状を残し、右症状は、昭和四八年一一月四日固定したが、右後遺症の程度は自賠責等級六級に相当する。したがつて、原告は、右後遺症により労働能力の六七パーセントを喪失したものである。ところで、原告は、右事故直前の昭和四七年一月一日から同年九月一三日までの二五六日間、前記有限会社立美電気商会から賃金及び賞与の合計額金六四万五三九五円を得ていたものであるから、一年間には金九二万〇一六五円の収入を得ることができ、また原告は当時三九歳であつたから、その後六七歳までの二八年間は毎年同額の収入を得ることが可能であつたものであるが、右後遺症によりその六七パーセントが獲得不能となつた。しかしてその額は、ホフマン式算定法(係数一七・二二一一)により年五分の中間利息を控除すれば金一〇六一万六九八〇円と算出される。

(四) 慰藉料 金五〇〇万円

原告は、右のとおり、本件事故により負傷し、重い後遺障害を残したため多大の精神的苦痛を受けたが、その慰藉料額は金五〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金一二〇万円

原告は、被告らの不誠意のため本訴請求を余儀なくされ、弁護士古屋俊雄に対し訴訟の提起及び遂行の代理を委任し、判決時に報酬として金一二〇万円を支払うことを約したが、右費用もまた本件事故による損害というべきである。

(六) 既払額 金五九四万四四一〇円

原告は、前記各損害のうちその一部につき次のとおり填補を受けた。

(1) 後遺障害補償

(イ) 被告車の自賠責保険金 金一六八万円

(ロ) 原告車の自賠責保険金 金一六八万円

(2) 治療費

(イ) 被告らから 金四一万三八一〇円

(ロ) 有限会社立美電気商会から 金七〇万七四六〇円

(3) 休業補償

(イ) 被告らから 金三三万円

(ロ) 有限会社立美電気商会から 金一一三万三一四〇円

4  請求額 金一三二九万四二七二円

右により、原告は被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、前記3の(一)ないし(五)の合計額から同(六)の合計額を控除した残金一三二九万四二七二円及び右のうち弁護士費用を控除した残金一二〇九万四二七二円に対する訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月二七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

被告らは、請求の原因に対する認否として次のとおり述べた。

1  請求の原因1の事実中、原告の傷害の部位は不知、その他の事実は認める。

2  同2の事実中、(一)及び(二)(2)の事実は認めるがその他の事実は否認する。

3  同3の事実中、(一)ないし(五)の事実は不知、(六)の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

5(一)  原告は、本件事故当日大田原赤十字病院において診察を受けたが、ほとんど治療を受けることなく帰宅を許され、三日後に入院した川上外科からも一四日間入院したのみでその後は退院したものであつて、本件事故による傷害の程度は軽微なものであつた。

(二)  しかるに原告は、その後も同医院に通院し再入院したのであるが、同医院から昭和四八年二月二五日治療した旨の診断を受け、また大塩整形外科医院からは、たとえ治療を受けたとしても原告の症状は同年二月一〇日現在よりも快方に進む可能性は少い旨を告げられたにもかかわらず同医院に入院し、入院中も同医院から退院を勧められたのにこれに応ぜず、ようやく退院した後も全く症状回復に無意味な城野外科への入院をなすに至つた。

(三)  したがつて、原告が支出した治療関係費のうち右の過剰診療分に相当する部分は、本件事故による損害ということはできない。

6(一)  原告は、本件事故による傷害の後遺症として頸椎がくさび状に屈曲し胸椎が変形した旨を主張している。しかしながら、原告は川上外科においては腰背部挫傷、第一〇胸椎比迫骨折の治療を受けたけれども頸椎についての診察治療を受けていないこと、原告は元来極度の猫背であること等の事実によれば、かりに原告主張の症状があつたとしても、それは先天的なものであつて本件事故とは因果関係がないものというべきである。

(二)  また、原告は、全身脱力感、各痛み、運動制限、しびれ疼痛の後遺症の主張をしているが、これらはいずれも他覚的に証明しうるものではなく、したがつてこれらの訴えはいずれも心因性のものか、勤労を回避するための仮病である。

(三)  かりに本件事故により明らかの後遺障害があつたとしても、その程度は、原告が主張するように自賠責等級六級というような重いものではない。

三  被告らの抗弁

被告らは、抗弁として次のとおり述べた。

1  竹内照彦の過失

(一) 本件事故は、交差点における直進車同志の衝突事故であるが、車両の位置関係は被告車が左方、原告車が右方であり、見通しの距離は、被告者が前方約二〇〇メートル、左方約一五〇メートル、右方約一五〇メートル、原告車が前方約二〇〇メートル、左方約一五〇メートル、右方約五メートルであつたところ、原告車の運転者竹内照彦は、左方通路から右交差点に時速約四〇キロメートルで進入しようとしていた被告車を左方約三一メートルの地点に発見した。

(二) したがつて、右竹内は、見通しが悪い交差点に進入するものであるから徐行し、左方に被告車があるのであるからその進行を妨害してはならず、またその動静を注視し、安全を確認して自車を進行させるべき注意義務があつた。

(三) しかるに、右竹内は、これを怠つて時速約四〇キロメートルで右交差点に自車を進入させて被告車と衝突させた。

(四) 本件交通事故について、被告車の運転者印南三夫にも若干の過失があつたことは否定しないが、右状況のもとにおいては、印南と竹内との過失割合は印南が二、竹内が八とみるのが相当である。

2  原告の過失

(一) 原告は、本件事故当時、原告車の保有者である有限会社立美電機商会の取締役であり、同会社の代表取締役木村忠雄の実弟であつて、同会社の代理監督者であつた。

(二) 本件事故は、竹内照彦が同会社の業務の執行に従事中に前記過失により発生させたものである。

(三) 同会社の代表取締役木村忠雄は、平素右竹内に対し自動車運転に際しての注意義務等の教育を怠つていたものであるが、代理監督者である原告は、右忠雄に対しこれについて注意を与えることを怠り、また右竹内に対して自ら前記教育を施すことも怠つていた。

(四) また、原告は、自らも自動車運転免許を有していたのに、本件事故当時、原告車に同乗していながら、運転者である右竹内が右会社の業務の執行として原告車を運転中になした前記徐行義務違反と被告車の徐行妨害の過失とを看過した。

(五) 右の事実関係に基づけば、原告は、不法行為者である右竹内照彦の代理監督者であり、また前記会社の取締役として故意又は過失により同人の教育監督を怠りこれに基づいて本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条二項ないし有限会社法三〇条の三の立法趣旨にかんがみ、原告自身本件事故に基づく損害を賠償する義務を負うべきこととなる。

(六) したがつて、前記竹内照彦の過失は、被害者側の過失として、原告の損害額の算定につき考慮されなければならない。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1の事実中(一)の事実は認めるがその他の事実は否認する。本件交差点は、原告車の進路の方が被告車のそれよりも平素の交通量が多いところから、本件事故当時右交差点には、被告車の通路上右交差点の手前に、西那須野町交通安全協会の手によつて一時停止の標識が設置され、本件事故後は公安委員会によつて同一場所に正式に同旨の標識が設置されているのであるが、この事実からも明らかなように、右交差点においては、原告車の進路が一般に優先道路扱いを受けていたのである。しかるに被告車の運転者印南三夫は漫然と時速約四〇キロメートルで自車を本件交差点に進入させようとして、衝突直前約八メートルに至つてはじめて急制動の措置をとつた無謀運転により、本件事故を発生させたものである。したがつて、両車の運転者の過失割合は、印南が九、竹内が一とみるのが相当である。もつとも、たとえ竹内に過失があつたとしても、それは原告自身の過失ではないから、同人の過失は原告の損害額の算定については無関係なことがらである。

2  抗弁2の事実については、原告が原告車の保有者である有限会社立美電気商会の取締役として登記簿上記載されていること、右会社の代表取締役木村忠雄の実弟であることは認めるが、その他の事実は否認する。右会社は実質上右木村忠雄の経営する個人企業であり、原告はその従業員にすぎず右竹内の代理監督者の地位にあつたものではない。

理由

一1  請求の原因1の事実(交通事故)は、原告の傷害の部位を除き当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果並びにいずれもこれにより成立を認められる甲一号証及び甲五号証によれば、原告は右事故により腰背部挫傷、頸椎部捻挫及び第一〇胸椎圧迫骨折等の傷害を負つたことが認められる。

2  被告らが右事故の加害車両の保有者であることは当時者間に争いがない。したがつて、被告らはいずれも右事故による原告の傷害に基づく損害を賠償する責任がある。

3(一)  いずれも原告本人尋問の結果により成立を認められる甲二ないし八号証、証人大塩直文の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右傷害の治療のため、請求の原因3(一)記載のとおり、川上外科、大塩整形外科医院及び城野外科にそれぞれ入通院し、吉田義肢整作所及び福島義肢製作所から胸椎用軟性コルセツト装具を購入し、それぞれ同項記載の治療費及び装具代を支払つたことが認められ、また入院中の雑費については特にこれを証する資料はないが、一般に、入院期間中は一日当たり金五〇〇円程度の雑費を支出するのが通常であるから、本件においても原告は右入院期間中同程度の支出をしたものと推定され、結局原告は、治療関係費として同項記載の合計額金一五八万五二〇〇円を支出し同額の損害を蒙つたこととなる。

(二)  原告本人尋問の結果及びいずれもこれにより成立を認められる甲一二号証、甲一四ないし一六号証によれば、原告は本件事故当時有限会社立美電気商会に勤務し、テレビジヨンやルームクーラーの取付、修理等の業務に従事し、事故前三ケ月間である昭和四七年六月一日から八月三一日までの九二日間(原告は九〇日間と主張するが右は明らかな違算である)に賞与を除き合計一八万〇六〇〇円(一日平均金一九六三円)の賃金を得ていたが、右事故による傷害の治療のため昭和四七年九月一四日から昭和四八年一一月四日までの四一七日右会社を欠勤し、その間賃金の支給を受けず、結局右一日当たりの平均賃金額に欠勤日数を乗じた金八一万八七五一円の得べかりし利益を失つたことが認められる。

(三)  原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認められる甲八号証及び甲一九号証によれば、原告は本件事故による傷害の後遺症として、頸椎間板がくさび状に変成し、第一〇胸椎が変形したため、運動障害が高度(前屈一五二度、後屈一六六度、左屈七八度、右屈八三度、左回旋二〇度、右回旋二三度)となり、コルセツトの恒久的装用を余儀なくされ、筋力も著明に低下(背筋力四五キログラム、肩腕力押二〇キログラム・引二二キログラム、握力左二〇キログラム・右二八キログラム)し、全身脱力感、腰背部痛、頸部痛、右尺骨・坐骨神経領域にしびれ及び疼痛を残し、右症状は昭和四八年一一月四日固定したことが認められる。(筋力についての記載は甲八号証と甲一九号証の記載とが一部異なるが甲一八号証の昭和四八年一〇月一八日測定分を採用する。)

原告は、右後遺障害の程度は自賠責等級六級に相当し、原告はこれにより労働能力の六七パーセント喪失した、と主張する。右喪失率の主張は、労働基準監督局長昭和三二年七月二日通牒に基づくものと思われ必ずしも根拠のないものではないが、具体的喪失率の決定に当たつては、一挙に右基準を適用すべきではなく諸般の事情を綜合検討しなければならないことはいうまでもない。

そこで原告の労働能力がどの程度喪失したかについて検討すると、原告の後遺障害の程度は右に見たとおりであるが、証人大塩直文の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は重量物の運搬等の労務に就くことは著しく困難であるが店頭で顧客と接することは可能であり、また短距離で道路状況が良好であれば自動車の運転も可能であることが認められる。してみると、原告は、事故前と同様の労働に従事することは不可能であるが、軽易な労務に服することが可能と思われ、これに基づけば、原告の労働能力の喪失割合は五五パーセント程度とみるのが相当である。

ところで、原告本人尋問の結果により成立を認められる甲一三号証によれば、原告は本件事故前の昭和四七年一月一日から同年九月一三日までの二五六日間に金六四万五三九五円の賃金を得ていたことが認められるから、一日間には二五二一円、一年間には九二万〇一六五円を収入を得ることが可能であり、また前記甲八号証によれば、原告は前記後遺症状固定時の昭和四八年一一月四日当時三九歳であつたことが認められるから、就労可能期間を六七歳までとすればその後二八年間は毎年同額の収入を得ることが可能であつたこととなる。しかるに原告は、本件事故により労働能力の五五パーセントを失つたものであるから、右期間中毎年右年収額九二万〇一六五円の五五パーセントに相当する得べかりし利益を失うものであるが、ホフマン式算定法(係数一七・二二一一)により年五パーセントの中間利息を控除した現在価は金八七一万五四三九円と算出され、結局原告は同額の損害を蒙つたこととなる。

(四)  本件事故による傷害及び後遺障害により原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料額は、前記各事情を考慮し金三五〇万円をもつて相当と認める。

(五)  原告本人尋問の結果によれば、原告は弁護士に対し本件訴訟の提起遂行の代理を委任し、その報酬として判決時に訴額の九パーセントを支払う旨を約定したことが認められるが、本件事故に基づく損害として加害者に負担させるべき金額は、右のうち金七五万円をもつて相当と認める。

(六)  原告が本件事故に基づく損害のうちすでに金五九四万四四一〇円についてはその填補を受けたことは当事者間に争いがない。

4  右により、本件事故に基づく原告の損害額の残額は、前記3の(一)ないし(五)の合計額金一五三六万九二一〇円から同(六)の金五九四万四四一〇円を控除した金九四二万四八〇〇円と算定される。

5  被告らは、本件傷害はもともと軽微なものであり、過剰診療であつた旨を主張する。そこで各医院の診療について検討する。前示のとおり、原告は、事故後直ちに入院せず三日後に入院したのであるが、前記甲二号証、証人木村淑子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故後直ちに大田原赤十字病院に運び込まれたが病室が満室で入院することができず、自動車で自宅に運ばれ、翌日専門医の往診が得られなかつたため専門外の医師の往診を受け、同医師の勧めでその翌日川上外科を訪れ、腰背部挫傷胸第一〇胸椎圧迫骨折の診断を受け、即日入院したことが認められる。してみると事故後直ちに入院をしなかつたことをもつて原告の傷害が軽微であつたということはできない。次に川上外科における診療については、これが過剰診療であることを窺わせる事実はこれを見出すことができない。続いて、大塩整形外科医院の診療については、前記中四号証によれば、川上外科にあつては、原告の第一〇胸椎圧迫骨折の傷害は昭和四八年二月二五日治癒した旨の診断をしたことが認められるので、治癒後の診療ではないかと一応疑うことも不可能ではない。しかしながら、証人大塩直文の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、川上外科に入院中、同外科の診療に満足することができず、外出許可を得て大塩整形外科医院に通院し、同医院から頸椎部捻挫等の診察を受け、同医院に転医することとしたことが認められる。してみると、第一〇胸椎圧迫骨折が治癒されたとしても、その後の診療は頸椎部捻挫等の別異の傷害についてのものであるから、これをもつて過剰診療とみることはできない。なお、頸椎部捻挫等の傷害は当初川上外科における診療段階においては発見されていなかつたことから、右傷害は本件事故と因果関係がないものと疑う余地がないわけではない。しかしながら、証人大塩直文の証言によれば、この種の症状は事故数ケ月後に発生することもありうるものであることが認められるから、本件事故以外に右頸椎部捻挫の原因行為が存在した形跡のない本件においては、右傷害は本件事故を原因とするものとみるべきである。最後に、城野外科への転医については、証人大塩直文の証言によれば、大塩整形外科医院の医師は、原告の傷害は、原告が傷害に立ち向かう気力を有し、背筋の運動をするなどして機能復帰の訓練をするならばもはや入院治療の必要がないものと判断して、原告を退院させたことが認められる。しかしながらこのことから直ちにその後の入院が全く無意味で過剰診療であると即断するのは相当ではない。けだし、右医院がなした退院の処置は、原告が自ら積極的に機能復帰のための努力をなすことを留得したうえでのものであつて、右退院時に原告の傷害が完全に治癒されたものとみることはできないからである。したがつて、右退院後に、原告が再度医師を訪れて苦痛の除去を求めたとしても、このことをもつて過剰診療を受けたものということはできない。

6  被告らは、原告の頸椎の変成、胸椎の変形の後遺症は本件事故によるものではなく先天的なものであり、その他の後遺症状は心因性のものか仮病であると主張する。しかしながら、右主張事実を認めて前示認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被告らは、原告が原告車の保有者である有限会社立美商会の代理監督者であること、原告が右会社の代表取締役木村忠雄を通じ又は自ら直接、原告車の運転者竹内照彦に対し自動車運転の安全教育を施さなかつたこと及び原告が右会社の業務執行中の原告車に同乗するに当たり自ら自動車運転免許を有しながら本件事故発生の原因となつた右竹内の過失を看過したことを主たる理由として、民法七一五条二項ないし有限会社法三〇条の三の立法趣旨に基づき、同人の過失を被害者側の過失として把握し、過失相殺を主張する。しかしながら、原告が登記簿上右会社の取締役として記載されていることは当事者間に争いがないけれども、さらに推んで原告が右会社の代理監督者であることを認めるに足る証拠はないこと、取締役が会社の従業員に対し自動車運転の安全教育を施さなかつたからといつてそのことから直ちに職務を行なうにつき悪意又は重大な過失があつたとはいい難いこと、一般に、自動車運転免許を有する取締役が会社の業務の執行として自動車運転をする従業員の自動車に同乗したからといつて、右取締役には、走行中たえず交通の状況に注意をはらい、運転者に対して適切な運転上の指示を与えて事故の発生を防止するための運転をなすべき指導をするまでの注意義務は課せられていないものと考えられること等からみて、原告車の運転者である右竹内に過失があつたとしても、この過失を原告の過失と同視して原告の損害額の算定に考慮することはできないものというべきである。

三  以上により、原告の本訴請求は、本件事故の加害車の保有者である被告ら各自に対し前示損害額金九四二万四八〇〇円及び右金額から弁護士費用金七五万円を控除した八六七万四八〇〇円に対する訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月二七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り正当としてこれを容認しその余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担仮執行の宣言につき民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

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